janvier 07, 2007

子供の遊び場

仕事の関係で毎月とっている専門誌にやや異色だが興味深い論文があった。これに触発されて考えたことを書く。論文の要約はその下にある。

今井氏が指摘するようにヨーロッパではいろいろな方法で都市の交通鎮静化が図られている。ロンドンやストックホルムで実施されている自家用車で中心街にはいるときにかかる課金、北欧で先進的な自転車優遇政策、トラム、ここパリでも昨今はバスレーン、トラム、自転車レーン、歩行者ゾーンなど大胆なインフラによる改造が進んでいる。

パリには公園がたくさんある。シャンドマルスやチュールリーのような大きなものも実にきれいに整備されているが、もっと小さなプチ公園が身近にたくさんあることに着目すべきだ。
パリは治安的な危険も交通安全的な危険も大きく、親としては子供だけで外出してほしくないと思う町だ。なので遊ぶ場は公園などの公共の場に限られる。そのため、公園には必ず管理人が駐在し、不審者を監視し、公園の樹木や花を丁寧に管理しており、利用者はかなり安心していられる。パリの道路で悪名高い犬のウンチもここにはありえない。犬は立ち入り禁止になっているからだ。 公園は基本的に夜は閉鎖される。砂場などは場所によっては蓋がかけられ砂が汚れるのを防いでいるほどである。

公園は年少の遊具を中心としたエリアと、少し年長の子供がボールなどで遊ぶ広いエリアとはっきり分かれており安全が確保されている。

公園の中の社交は様々であるが、親は親、子供は子供、と割り切られているように見える。特にこれはフランス人の親御さんに顕著で、西洋人でも他の国からの親の場合は逆に子供にべったりだったりすることもあり、ひとくくりには出来ない。

よく見るのは、お母さんは読書に夢中で子供は子供同士で遊んでいる風景。子供はそれぞれの遊び道具を持ってくるが、人のものでも面白そうなものを見つければ使うのは普通、だが、やはり自分のものを持っていかれるときには気に入らないので怒ったり、使うためにお願いしたり、と子供同士の中でも自然に社交が出来ている。ないたりすることも良くあるが親が介入することはほとんどない。 うちの子も良く泣かされていたが、それでかなり鍛えられたと思う。

子供が小さいときにこちらに来たので日本にいたときはあまり関心を持ってみてなかったが、私が住んでいた町の公園は貧弱だった。第一ベンチが少ないので親は立ってなくてはならない。読書、なんてのは論外だ。数少ないベンチは浮浪者に占拠されて、とてもではないが子供を自由に遊ばせる雰囲気はない。割れたガラス瓶の破片が散らばっていたり、中学生が爆竹で遊んでいたり、乱用はなはだしかった。

道路で遊ぶ、のも無理。4mくらいしかない道路を幹線道路の渋滞を回避してきた車が疾走している。
幸いにも、自分の住んでいたマンションが建った時のセットバックで川と建物の間に車の入ることが難しい公道がポカンと出来ており、そこが絶好の遊びの場所となっていた。でもこのような恩恵をうけることのできる人はごく一部に過ぎない。

自分の町にパリのプチ公園があったらどんなにいいだろうと思う。子供は安全で安心に遊ぶことができて、われわれは安心してくつろぐことの出来る空間。もっとも、フランスの放任主義というか自立主義というか、おおらかさのいくらかを加えることを忘れてはならないが。

「子供にやさしい道路」とは何か
今井博之 「道路」2006年11月

大陸ヨーロッパの諸国では交通鎮静化政策により「人々のための道路」から「子供にやさしい道路」へ進化し続けている。わが国の従来型の交通体系は事故や大気汚染のみならず、子供たちの身体的成長や心理・情緒的発達に対しても重大な影響を及ぼしている。

自動車の恩恵が大きいことは明らかであるが、その弊害もまた大きい。地球温暖化の一因となっている二酸化炭素排出量の2割は運輸分野、そのうち9割は自動車の排気ガスによるものとなっている。排ガスによる大気汚染、沿道の交通騒音、交通事故などは問題化してから既にかなりの時間がたった。
しかし、問題はそれだけにとどまらない。昨今の道路環境は地域のコミュニケーション、社会的相互扶助、子供たちの健全な発育にも影響を及ぼしているが、これらは他の社会的問題との複合的な結果であるためこれまでも過小評価されてきた。

小児の肥満は先進国の疫病とまで言われる。特に米国では状況が深刻で12歳で1割が肥満傾向児となっている。米国の研究によれば親が安全と考える地域に住んでいる子供とそうでない子供の肥満の割合は4.4倍も違う。安全でないと考えている場合は子供を外で遊ばせたがらないので結果として運動量が減り肥満に陥る。
わが国では幼い子供を狙った犯罪が最近発生しているが、身近な危険として一番にあげられるのは「交通事故」である。親が子供だけで外出することを憂慮する最大の原因となっている。
また子供のときから体を使った遊びを多くすることは認知、社会的、情緒的発達を促進することが報告されている。

自分の家の前が遊ぶのに安全な道路であるか、自動車交通を優先した遊ぶのには危険な道路であるかにより、外遊びのトータルの時間が大きく異なるということがわかった。これは遊びの時間のみならず、友人の数、問題解決などの社会的スキルの差として現れる。
危険な道路に面する場合、遊びの場は公園などの公共の場に限られ、そこでは親が常に見守っているため、いざこざが起きても親が介入する。また子供は動き回りたいという衝動があるためそれが母親をイライラさせる。
この環境の差は大人同士の社会的関係にも影響する。近隣の住人により自然発生的に保育環境が生まれるかという質問に対して、前者は9割がYes、後者は3割がNoとしている。

(以下略)